「だけど、なんであんなにいじめられるのか、それがわからん。なあ、どうしてかなぁ」 お菊は、大人びた顔でそう言うと、おかあちゃの顔をまっすぐ見た。 「あんなぁ、お菊、それはきっと、昔のことをまだ川東のしゅうは、気にしとるんな」 「昔のことってなに?」 「うんと昔の事だけどな、この辺におそろしいはやり病が広がったんだって。 そりゃあおそろしい病気で、たくさんの人が亡くなってな。 どんどん移ってゆくんで、病気になった人は川東を出て、大西川を渡って、山本へ引っ越してきたんだって。 川を越えれば、はやりの病気の勢いも静かになるだろうと考えたのかなあ。 山本へ来た人達は、ちっとも悪くはないんだに。 妙ちゃんの家だって、上のおじさんの家だって、みんないい人達で、一生けんめい働く、いいしゅうだに。 今でもそんな昔の病気のことを、川東の子ども達が言うなんてなぁ。 悲しいことだなぁ」 おかあちゃんは、本当に悲しそうに肩を落として、大西川の向こうに見える川東の村をじっと見た。 「お菊には、ちょっとむずかしい話だなあ。 また、だんだんに話してやるでな」 「うん。なあ、おかあちゃん、もう、そのはやり病は山本から出ていっちゃったんだら? だれも、病気じゃないんだよなあ」 「もうだいじょうぶな。うんと昔の話。 おかあちゃんも、おとうちゃんも知らんくらい昔の話だもんで、何にも心配する事ないんだよ」 「ふーん。じゃあ、川東のしゅうがおかしいんだ。 まちがっとるんだよな。な、おかあちゃん!!」 お菊の強い言い方に、おかあちゃんはやっと笑って、 「今度、何か言われたら、おとうちゃんや、おかあちゃんに言いなんよ。 お菊が一人でがまんしとっちゃいかんに。」 と、やさしく言い聞かせた。
雨がいく日も続いて、お菊はもう、うんざりしていた。 (ああ…早く外で遊びたいなぁ…)と思った時 「ごめんなんしょ」 と、男の人が入って来た。 背中に大きな箱をしょっていて、お菊を見ると、 「お菊ちゃん、大きくなったなあ」 と懐かしそうに言った。 「あっ、川東のおばあちゃんとこの源さんだ」 お菊は、大きな声で叫んだ。 源さんは時々川東のおばあちゃんのお使いで来てくれるおじさんだった。 「あれまあ、源さん。こんな雨の日によく来ておくれたなあ。 さあさあ、上がって、上がって」 おかあちゃんは、いろりの火の具合を見て、お茶の用意を始めた。 「着物がぬれとるといかんで、近くまで来てあたってや。 えらい雨だったんじゃないかな」 「いんね、いんね、だいじょうぶな。 少し雨になったもんでなあ、出てきたんだに。 こんなに降っちゃあ、外仕事ができんもんで、ちょうど出かけてくるのにいいんな。 おばあ様に頼まれとった物があってな」 源さんはそう言いながら背中の箱を静かにおろして、手ぬぐいで箱のまわりをふいた。 「ああ、良かった。ぬれんようにしっかり包んできたんだに。 お菊ちゃん、おいな」 呼ばれてお菊は、源さんの隣に座った。
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